和歌山中央医療生協9条の会第2回総会を開催します

寒さ厳しき折、みなさまにはお変わりございませんか。
昨年1月28日、「平和があってこそ健康と命が守られる」という立場に立って、思想信条の違いを乗り越え、憲法を守り生かすという一点で運動をすすめていこうと、私たちの医療生協・九条の会は120名の出席を得て結成されました。
 結成後、小泉首相から安倍首相に代わったわけですが、自分の任期中に憲法を変える、と豪語する新首相の下、教育基本法が改悪され、防衛庁が防衛省へと格上げされるなど、憲法改悪に先立ち戦争をする国づくりの準備を着々とすすめてきています。
 こうした憲法をめぐる重要な局面を迎え、地域に九条センターが作られ、国民の過半数の反対署名を集めようと取り組みが始まっています。各地域、職域の九条の会でのとりくみ、大きな力となった『5.13輝け憲法九条 平和のつどい』澤地久枝さん講演のあのパワーをさらに大きく広げてこれからの運動につなげていきたいと思います。
 結成して一年、下記のとおり、第2回総会を開催します。元気の出る総会にしたいと思いますので寒い中ですが、たくさんお集まりくださいますようお願いします。

2007年1月


1. とき  2007年2月17日(土)
        午後1時30分から3時30分

2. 場所  和歌山生協病院5階会議室

ビラをクリックするときれいに見ることができます。
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# by tk-waseikyo | 2007-02-01 15:27

あけましておめでとうございます

いよいよ大事な年。今年初めての9の日宣伝には、22名が集まりました。この日「防衛庁」が「防衛省」になりました。
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# by tk-waseikyo | 2007-01-09 13:37 | 9の日宣伝

映画「日本の青空」の制作協力を決定

 11月7日和歌山中央医療生協9条の会事務局会議を開催しました。日本国憲法公布60周年記念・映画「日本の青空」制作協力を決定しました。映画のタイトルクレジットに「和歌山中央医療生協9条の会」と掲載されます。ポスターをクリックするときれいに見ることができます。
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# by tk-waseikyo | 2006-11-24 10:55 | 和歌山中央医療生協・九条の会

看護師の仕事はいのちを守る最前線の砦

 全日本民医連は、第8回看護介護活動交流集会を9月29~30日、千葉幕張メッセ国際会議場で開催しました。メインテーマは「いかそう憲法!語ろう 輝く看護・介護の実践。学ぼう いのちの平等つらぬく 民医連の歴史」。1235名が参加しました。記念講演は5月に和歌山においで頂いた澤地久枝さんでした。「看護師の仕事はいのちを守る最前線の砦」と題された講演内容を民医連新聞から転載させて頂きます。紙面をクリックしてください。
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 戦後の日本は、憲法で平和国家、文化国家、福祉国家であることを誇りとして掲げました。しかし、それはいまや風前の灯火です。発足した安倍内閣は、五年という年限を切って、「憲法を変える」と言いました。また防衛庁長官は、省への昇格の意欲をはっきりと示しました。
 この六十余年間、日本では公式な戦死者は一人も出ていません。それは、世界中で日本による戦死者も一人もいないということです。憲法九条の意味はここにあります。もちろ
ん批判はあります。沖縄を拠点にして、ベトナムヘ爆撃が行われ、多くの市民が殺傷されました。その責任は私たちにあります。イラクに自衛隊が出て行くことも防げなかった。
航空自衛隊はまだ、イラクで米軍の支援中です。犠牲者の出ることを私は恐れています。
 アメリカがはじめた戦争は、大義名分のなかったことがはっきりしました。イラク攻撃は侵略であり、自衛隊はその一翼を担っています。今まさに平和国家としての日本が危うくなっています。アメリカは、この次にイラン、北朝鮮に戦争をしかける危険があります。私は、「九条の会」の呼びかけ人の一人です。武力や軍隊を持つことや国の交戦権を捨てた、世界で初めての理想の憲法です。まだ生きています。文化国家のはずなのに、文化や教育の予算が削減されています。学費がどんどん上がり、親たちが借金をして子どもを大学にやるというのはおかしいですよね。教育の自由は、憲法によって保障されており、義務教育は無償であるとも書いてあります。しかし今、小学校で給食費が払えない子どもが増えています。そのことをていねいに報じる新聞はほとんどありません。マスコミは腰が引けています。識字率が高いことを誇った日本が、いまや文化国家であることを投げ捨てようとしています。

たたかいに誇りをもって
 この国は福祉国家であることも捨てようとしています。今年9月、東京大学名誉教授の多田富雄さんが、朝日新聞に投稿しました。「4月から実施されたリハビリ制限は、患者一人ひとりの病態を無視した乱暴な改定。リハビリが続けられず、寝たきりになる恐れのある患者はリハビリ難民になる」と。多田さんは半身麻際と言語障害があり、リハビリを続けながら発言を続けています。しかし、多田さんのような人も見捨てられる患者の一人です。
 私は二八歳の時に最初の心臓手術を受け、その後も何度も入院生活を経験したベテラン患者です。腰椎圧迫骨折で動けず、寝たきり老人のリハーサルもしました。
 医療の中心はお医者さんです。でも看護師さんたちが朝、病室に来る時に「おはよう」と明るい声で入ってくるか黙っているかでは、ずいぶん違うことをしみじみ惑じました。夜に何台もの救急車が入ってきて寝てない、どっちが患者か分からないような顔でも陽気にふるまい、引き継ぎが終わるまで休むこともできない。これでは恋をする間も結婚して子どもを生み育てるゆとりもない。いのちにかかわる仕事をしている人たちが非人間的な人生を送るというのはおかしいことではないかと思います。 看護師がいかに激務か、責任が重くて労働条件も悪いか。給料も高くない。「人のため」と理想に燃えて看護師になっても、それだけでは続かない。もっと人員が増えれば、楽になるはずですよね。
 みなさんのお仕事は、いのちを守る最前線の砦です。その砦が崩れたら私たち患者のいのちもガタガタになります。大変な仕事、苦しい仕事に従事していることは、よく分かっているつもりです。「いのちを守るたたかい」、たたかいという言葉以外にありません。現在の政治状況にあきらめて腰を引くかどうか、心ある日本人は試されています。私たちではなく、これから生まれてくるいのち、世界のいのちにつながるいのちです。未来のため、私たちは試されています。
 本当に「いのちの砦」の仕事であることに誇りをもってください。さらに悪くなることに対して、医療界外の人だちといっしょにたたかって、よき状態を勝ちとっていかなければなりません。黙っていれば福祉を削って軍事費に回す、日本の政治は腐りきっています。私は医療についてまったくの素人ですが、みなさんに応援のエールを送ることができます。狂っている日本をいっしょに軌道修正していきたいと思います。
# by tk-waseikyo | 2006-10-27 11:31 | 注目記事

「いのちと平和の尊さを~ある作家の体験から~」

 10/9北朝鮮が核実験を強行しました。ますます平和の尊さを感じるとともに、憲法を守る決意を込めて、2006.10/7わかやま市民生協「平和のつどい」で講演された早乙女勝元氏の講演をお聞きしましたのでmemoを掲載します。(個人の聞き取りmemoですのでご容赦を~10/14親愛なる方々のご協力で校正・加筆しました)

早乙女勝元氏講演
「いのちと平和の尊さを~ある作家の体験から~」
             2006.10/7わかやま市民生協「平和のつどい」本部組合員ホール

 中米コスタリカを紹介した映画「軍隊を捨てた国」(ダイジェスト版15分)を紹介上映された後、講演に立たれた早乙女さんは、3つのテーマ
 ①過去から学ぶ-知っているなら伝えよう、知らないなら学べ
 ②憲法9条がなかったあのころ
 ③そして今日から明日へ-子供たちに平和な未来を
と本日話す話の3つのテーマを最初に述べられました。

 ①今年の8月15日は東京にいました。仕事の打ち合わせで喫茶店におり、その前で「今日何の日ですかと」インタビューをしていました。「お盆?」と答える若者がほとんど。 またある記事も読みました。「真珠湾ってどこにありますか?」の質問に「三重県?」と答える有様。私もある国立大学の講演に招かれ、「東京大空襲」と看板に書いてあるのだけれど、どうも感じが違う。  普通「東京大空」、ここまでは誰でも書けますね、しかし「襲」が違うんです。「襲」は「龍」の下に「衣」と書きますよね。みんな「衣」がないんです、「東京大空龍」。これじゃ「とうきょうだいくうりゅう」になっちゃう。戦争を知っている者、「もうこりごりだ」という人は少数派になったと思うんです。
 平和は空気のようなものです。ぼやっとしていると消えてなくなるのもまた早い。後の祭りと言います。平和は平和な時でないと守れない。過去の戦争の民間人犠牲を知ることは、現在を認識することになり、それを学ぶことは未来に向かって平和の力と結びつきます。「過去を学ばないものは、再び同じ過ちを犯すであろう」。私流に言うと「車のバックミラーが、曇っていると安全に運転できないですね」ということを言いたいんです。臨時国会が始まりましたね。後で話します教育の問題、憲法の問題、この秋日本の戦後について大きな転機にあると思うんです。正念場だと思うんです。

 ②番目の話にすすみます。憲法9条がなかったあのころ、社会的弱者はどんなことを強いられたか。62年前の1944年(S19)年11月末、標語が街のあちらこちらに張られていました。  「鬼畜米兵・一億火の玉」。日本は豊臣秀吉の時代から、戦争で攻め込まれてきたんではないのです。すべて出かけていった戦争なのです。「外征」といいます。B29による本土爆撃が開始されました。B29は大変優れた爆撃機で2300kmの航続距離があったのです。北海道まではしんどい、青森もしんどいけれど大半の日本全土は爆撃できるところに入ったんです。南方3島から飛び立ちました。サイパン・テニアン・グアムですね。私は12歳でした(これを言うと歳がばれますが)。9月1日から学徒勤労動員でこれを巻いて( 風○神 と鉢巻をみせながら)鉄工場で働いていました。左から読むんでないんです。右から読みます「かみかぜ」と。「神風になれ」教育勅語ですね。最近教育勅語をある幼稚園で暗唱させているという記事を読みましたが、とんでもないことです。 そして3月10日、いよいよあの東京大空襲です。真夜中300機の編隊で、焼い弾を、超低空1500mで落としたことが特徴です。2時間、ちょうど今日お話するくらいの時間で一気に爆撃しました。家を焼失した者100万人、警察が頭蓋骨を確認した公式な発表は、死者88,793人、未確認含めると約10万人です。東京は、いたるところ焼け野原です。火葬場だけ免れるはずがありません。空き地、公園などに大きな穴を掘り埋めました。仮埋葬です。
 人間の得意とするものは「忘却」であり、不得意とするものは「想像力」だと思うんです。ここに須田卓雄さん人の書いたものがあります。彼は当時19歳の学徒兵で被災処理班として働いていました。<注1970年12月29日付朝日新聞に自らの体験をもとに発表された文。『写真版 東京大空襲の記録』(新潮社)のP113でも紹介されています。>

 花があったら
 昭和二十年三月十日の(東京)大空襲から三日目か、四日目であったか、私の脳裏に鮮明に残っている一つの情景がある。永代橋から深川木場方面の死体取り片付け作業に従事していた私は、無数とも思われる程の遺体に慣れて、一遺体ごとに手を合わせるものの、初めに感じていた異臭にも、焼けただれた皮膚の無惨さにも、さして驚くこともなくなっていた。午後も夕方近く、路地と見られる所で発見した遺体の異様な姿態に不審を覚えた。
 頭髪が焼けこげ、着物が焼けて火傷の皮膚があらわなことはいずれとも変りはなかったが、倒壊物の下敷きになった方の他はうつ伏せか、横かがみ、仰向きがすべてであったのに、その遺体のみは、地面に顔をつけてうずくまっていた。着衣から女性と見分けられたが、なぜこうした形で死んだのか。その人は赤ちゃんを抱えていた。さらに、その下には大きな穴が掘られていた。母と思われる人の十本の指には血と泥がこびりつき、つめは一つもなかった。どこからか来て、もはやと覚悟して、指で固い地面を掘り、赤ちゃんを入れ、その上におおいかぶさって、火を防ぎ、わが子の生命を守ろうとしたのであろう。赤ちゃんの着物はすこしも焼けていなかった。小さなかわいいきれいな両手が母の乳房の一つをつかんでいた。だが、煙のためかその赤ちゃんもすでに息をしていなかった。わたしの周囲には十人余りの友人がいたが、だれも無言であった。どの顔も涙で汚れゆがんでいた。
  一人がそっとその場をはなれ、地面には破裂した水道管からちょろちょろこぼれるような水で手ぬぐいをぬらしてきて、母親の黒ずんだ顔を丁寧にふいた。若い顔がそこに現れた。ひどい火傷を負いながらも、息の出来ない煙に巻かれながらも、苦痛の表情は見られなかった。これは、いったいなぜだろう。美しい顔であった。人間の愛を表現する顔であったのか。だれかがいった。「花があったらなあ――」あたりは、はるか彼方まで、焼野原が続いていた。私たちは、数え十九才の学徒兵であった。

 3月10日当日正午の大本営発表は「本 3月10日零時過より 2時40分の間B29約130機主力を以て帝都に来襲市街地を盲爆せり。右盲爆により都内各所に火災を生じたるも宮内省主馬寮は2時35分其の他は8時頃迄に鎮火せり。現在迄に判明せる戦果次の如し。撃墜15機。損害を与えたるもの約50機」。というものです。主馬とは天皇の馬、主馬寮とは天皇の馬小屋のこと、そこは2時35分に鎮火し、100万人の人が家を失っているのにその他とは凄い。庶民が、皇国民・赤子・民草といわれた時代です。
 戦争に特別席はないんです。それから横浜、名古屋、京都、大阪、神戸の5大都市への爆撃が5月末まで続きます。それから地方の中核都市にも広がります。ここ和歌山市は、7月9日100機編隊の爆撃、死者1625人、負傷者4560人、家を焼失したもの114,000人でしょ。
 憲法9条がなかったらこういう時代なんです。ぜひ今も発掘できる事実を記録し伝えていただきたい。
 8月15日敗戦を迎えました。公式な死者は310万人、アジア諸国を含めると2000万人強。 当時昭和20年の平均寿命・平均余命とも言いますが、ご存知ですか。男23.9歳、女37.5歳。翌年の昭和21年は、男42.6歳、女51.5歳です。そして昨年平成17年は、男78.5歳、女85.5歳です。世界一長寿国です。平和の大切さがわかりますね。
 しかし本当に幸せですか。今日のニュースに生活保護世帯が104万人。私の住んでる足立区では就学援助を受けている家庭が43%。70%以上の地区もあります。高齢者の医療費負担どうですか。わたくしも1割負担だったものが8月から2割負担、そして10月から3割負担です。住民税も大変でしょ。人間的に生きる権利が今ガラガラと音を立てて崩れていく、構造改革じゃなくて構造改悪の世の中です。

 ③番目のお話に移ります。そして今日から明日へ-というお話です。8月15日敗戦を迎え、私自身平和の実感はありませんでした。平和というものを知らないわけですから。昭和6年9月18日満州事変が起こりそれからずっと戦時体制ですから。
 しかしその後平和を感じることが2つありました。ひとつは8月20日発せられた灯火管制解除です。家族が灯火管制の下で暮らすことから急に明るくなったことを覚えています。もうひとつは、翌々年11月3日に公布された新憲法です。私は当時14歳になっていましたが、9つ違いの兄がおりました。彼は教師で教え子を戦場に送り、学徒動員で戦場に行き、帰ってからは生徒の消息を尋ねるという日々でした。 彼から憲法を教わり、何度も何度も読み返しました。
 私はそういう時代でしたから高校にも大学にもいっていませんが、少なからず劣等感を読むことで拭いました。尾崎紅葉の「金色夜叉」徳富蘆花の「不如帰」よく読みました。
 いい文章を書くことは、いい文章を読むことです。そして感じたことをノートに①②と整理する。そして考える。そうすると同じ感情になっていい文章がかけます。戦後5年たって私もはじめて300枚の文章が書けるようになりました。
 憲法9条第1項「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」そして第2項、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」第3項にもあたるような最後に、国の交戦権を認めないがついています。
 その憲法が出来て明るい気持ちになったものの、朝鮮戦争勃発の1950年警察予備隊75000人が出来て、その2年後には保安隊、そしてまたその2年後に自衛隊となりました。日本は東西冷戦下の基地化となりました。航空機のことを支援機、戦車のことを特車、駆逐艦のことを護衛艦、護衛艦はいまでもそう言っていますが、そういうごまかしをしてイラク派遣でしょ。重装備ですよ。しかし後方支援としかいえなかった。もし9条2項の最後がなかったらどうでしょうか、初めはオランダ軍が護衛していました、しかし早くに撤退。イギリス軍も撤退。サマワの陸上自衛隊は何をしていたんでしょうか。それこそじっと自営隊してたんです。憲法9条に守られていたんじゃないでしょうか。航空自衛隊は、バグダッドまで行きましたが。 
 いまや世界の軍事費の40%がアメリカ、それにつぎ日本が10%。この2国で半分以上です。 この国が戦争する、戦争に巻き込まれないブレーキになっているのは①憲法9条、②国民世論、③平和運動・労働組合運動、④アジア諸国の警戒感があると思うのです。
 最近首相になった安倍政権の政権公約は、①憲法改正、②教育改革を最重点に、③集団的自衛権の研究という交戦権への挑戦です。もっというと①憲法9条2項を変える、②それにともなう軍備増強、③それにともなう法整備、④それにともなう人づくりというものです。この秋の臨時国会の最重点は、教育基本法の改正です。教育は14歳までに決まります。愛国心を植え付ける最大のねらいがここにあります。今、目をそらせては行けない。
 観ていただきましたコスタリカ、「軍隊を捨てた国」は私の思いを継ぐ娘の作品です。 一人踊っている日本人が登場しますが、ご存知でしょうか。10年前、沖縄で悲惨な事件が起こりました。アメリカ兵による女子暴行事件。そのとき沖縄県民が立ち上がり集会が開かれその壇上で「平和な沖縄を返してください」と訴えた仲村清子(すが子)さんです。東京であの場面を見ていていつかはと想いこの映画に登場願いました。
 コスタリカはパラダイスでないと思うけれど、①中米和平のまとめ役であるということ。1983年アリアス大統領は、限界はあるけれど積極的中立・非武装宣言を行いました。後にノーベル平和賞を受賞します。②なぜまとめ役になれたのか。非武装、丸腰だからです。武器を片手に人道支援はできません。軍事費の予算を使わずに教育や医療にかけられた。平和だから軍隊がないのでなく、軍隊がないから平和なのです。
 しかし、どこからか攻めてきたらどうするという質問が必ず出るでしょう。北の無法者が攻めてきたらどうする、北朝鮮報道を見ても日本でもよく起こる議論です。
 よく考えましょう。ほどほどの武力というものはないのです。武力は必ず相手より強くなければなりません。刀より銃を、銃より機関銃を、機関銃よりバズーカ砲を、バズーカ砲よりミサイルを、ミサイルより核爆弾をと。攻め込んでくる攻め込んでくるという議論の前に、日本は攻め込まれているんじゃありませんか。大事なお方に奥の間に居座られているんじゃないですか。それをアジア諸国から見ればどうでしょうか。恐怖と感じて当然でしょう。また一緒になって攻めてくるんじゃないかと。その大事なお方の編成を変えるだけに3兆円もお支払いするんでしょ。3兆円3兆円と騒いだもんだから2兆円とかごまかし始めていますけれど、先ほどお話しました医療費負担の10年分ですよ。人間的想像力を働かせさえすれば、安保条約解体こそ平和への道ではないでしょうか。
 軍隊は国民を守りません。昭和19年の国家予算の85%735億円が軍事費でした。790万人の軍隊でした。沖縄で満州で国民を守らなかったのは数々の事実が示しています。終戦となり大陸から民を捨て真っ先に帰った将校の話や、沖縄ではアメリカ兵より日本兵が怖かったことは今でも語り継がれています。
 核が27000発、軍事費130兆円、世界の人口の半分の年間所得です。軍隊は、何も生産せず富を生み出しません。21世紀未来をつくるのは日本国憲法の立場ではないでしょうか。
 私は、外から攻めてくる攻めてくるという論理より、横須賀に寄港するジョージワシントンの方がずっと問題だと思うんです。核を積んでるかどうかわかりません。いざというとき本国から取り寄せる時間などないでしょう。ということは、核を積んでいると当然考えられることです。。巡航ミサイルトマホークを何発も積んでいます。コバルト58とか60とかいった放射能も心配です。もしもの時は、半径50kmが汚染されます。昨年ベトナム戦争31年後のベトナムに行きました。ベトちゃんドクちゃんは、ここにもお招きして頂いたと思いますが、顔に斑点のある13歳の少女に出会いました。父母も何もなく今になってダイオキシン、枯れ葉剤の被害が出てきているんです。
 最後に私が言いたいのは、武力に代わるものは言葉の力だということです。「すべて物事は一から始まる。振り出しはみな一。その一は私。一は微力だが、無力ではない。可能性の原点は私、個。主体的力量を持った個なる一が基本です。平和の象徴の鳩ですが、鳩は鳩でもメッセージを口にくわえた伝書鳩でありますように」

 最後に個なる一の話として、早乙女先生がすすめられている東京大空襲・戦災資料センターについてご案内があり、現在修学旅行生が毎年100校も訪れ集会室を増築しているお話と募金への訴えをなさり、平和への熱い想いを訴えられ講演が終了しました。
# by tk-waseikyo | 2006-10-10 11:53 | 学習会

和歌山中央医療生協・九条の会ニュースN0.7        2006.9/1

紙面を左クリックして下さい。拡大してみられます。
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# by tk-waseikyo | 2006-09-02 16:41 | 九条の会ニュース

北朝鮮ミサイル発射、どうみる?

国際社会は「9条」(対話による解決)を選択 「国際的には9条の勝利」
「9条の会」事務局長 小森陽一さんにきく(民医連新聞2006.8/7号)より
北朝鮮ミサイル発射、どうみる?
国際社会は「9条」(対話による解決)を選択
「9条の会」事務局長 小森陽一さんに聞く

 テポドン二号の発射で「北朝鮮が攻めてきたらどうする。九条を変えた方がいい」という声が強まったらどうしよう、と心配していませんか? 日本政府は恐怖と先制攻撃論で国民を煽(あお)りましたが、国際社会は冷静に対応しました。裏がわかれば事件は夏のオバケのようなもの。怖くはありません。「国際的には九条の勝利」という小森陽一さん(東大教授・九条の会事務局長)にインタビューしました。


ねらいは日本ではない


 大陸間弾道ミサイル「テポドン二号」がねらっているのは日本ではありません。普通のミサイルが一〇分で到着する日本は関係なく、ねらいは米国です。その理由は朝鮮戦争が終了していないからです(休戦中)。


 「テポドンパニック」を起こしたテポドン一号発射(一九九八年)も米国向けです。一九九四年の「北朝鮮危機」を米国はカーター元大統領の訪問で乗り切りました。その後の交渉で米国は、北朝鮮に核兵器につながる黒鉛減速炉を放棄させる代わり、平和利用の軽水炉を提供すると約束しました。しかしクリントン政権が約束を果たさなかったため、北朝鮮は威嚇(いかく)に出たのです。


 ブッシュ政権は交渉の席にも着きません。北朝鮮は「エネルギーを枯渇(こかつ)させ、政権を崩壊させようとしている」と、再び威嚇行為に出ました。米朝二カ国間の協議に持ち込み、交渉の「カード」にしたい。それがテポドン二号発射です。米国は、国家間の約束を反故(ほご)にし、北東アジアに危機をつくり、軍事介入を続け中国・ロシアを抑えたい。米国・北朝鮮がともに「武力による威嚇」を張り合っている状況です。


 だから「武力による威嚇」や、「武力の行使」によらず「国際紛争を解決する」という憲法九条は、両国に対し、もっとも現実的で合理的な解決策を示しています。


九条が勝った


 ところが日本政府は、九条とは逆のことをしました。即日、国連憲章七章にもとづく北朝鮮制裁決議案を提示したのです。七章は、経済制裁に次いで軍事制裁を可能にする規定です。この行為は九条に違反する、といってよい。


 しかし国連安保理は、軍事制裁ではなく、国際社会の総意で断固たる非難を示す決議を、全会一致で採択しました。これは国際社会が外交努力で到達した画期的なものです。北朝鮮を六カ国協議という対話の場に引き出し、交渉で対応していく上でも重要です。


 この決議採択は「憲法九条」の国際的な勝利といえます。中国もロシアも九条の精神を理解していたからだと思っています。「九条の会」が国際的に発信してきた運動の成果です。


 本来なら日本政府こそ、九条にもとづいて安保理決議のような案を出すべきでした。そうでなく、麻生外相はミサイル発射を「金正日に感謝しなければいけない」などと発言。額賀防衛庁長官、安倍官房長官が「敵基地攻撃」の必要性について発言するなど、日本を先制攻撃ができる国にする企図をあからさまにしました。これらは国際的に大きな批判を浴び、アジア諸国から警戒されました。


なぜあおるのか


 なぜ日本政府はこうなのか?


 第一に、軍事問題を現実的に把握する政治感覚がない。ロシアや中国から「何で騒ぐ」「ヒステリーでは」と笑われるほどでした。


 第二に、外交能力に欠ける。当事国は米国と北朝鮮です。日本政府が米国の友人を自認するなら「国家間の約束を果たして緊張緩和を」と提言すべきでした。


 第三は、国内の好戦的ナショナリズムに働きかけた、と考えられます。いま小泉改革のもとで、国民の大多数の生活が困難に陥っています。一部の金持ちが不正をして肥え太っていくのに、まともに働いても暮らしは苦しくなるばかり。慢性的な漠然とした不安にとらわれがちです。そこにつけ込んで、諸悪の根源は政治の失敗ではなく、他に原因があるかのように思わせたい。たとえばナチが共産主義とユダヤを敵にしたように、北朝鮮という敵を示したのです。好戦的ナショナリズムは、政府が国民生活を破壊しているときに発生する…これは第一次・二次大戦の教訓です。事実、次期総裁をねらう安倍氏の人気は数%上昇しました。党利党略どころか、個利個略というべきです。


恐怖ではなく対話を


 戦時体制国家では、人権や生活が弾圧されます。だから北朝鮮では人権抑圧が起きているのです。それを放置してきた国際社会には、共同の責任があります。国際社会が一致して、話し合いの路線を提示したのは意義があるのです。


 日本が憲法九条二項をもっていることも重要です。これがあるから日本は、米国といっしょに戦争することができません。通常ミサイルしか持たないイラクを、米国は米英軍事同盟をたてに先制攻撃しました。日米軍事同盟をそんなふうに利用させてはなりません。*


 さあ、みなさん、勇気を出して、政府首脳の振りまく、幼稚な恐怖感やミサイル小児病に惑わされないで、この夏、「九条を守ろう」と熱く語りかけようではありませんか。



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 一九五三年、東京生まれ。東京大学大学院教授。専門は近代文学。著書多数。平和関係の近著(編)に『心脳コントロール社会』(筑摩書房・ちくま新書)、『変成する思考――グローバル・ファシズムに抗して』(岩波書店)、『平和が生きるとき』(かもがわ出版)、『私の座標軸』(かもがわ出版)など。



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「北朝鮮脅威論に対抗するためには、事実と現実に即して恐怖の妄想を除くことが必要です。正確な情報を得るには、『北朝鮮を知るための51章』(明石書房・石坂浩一編著)が便利でわかりやすい」と小森さん

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# by tk-waseikyo | 2006-08-09 15:51 | 注目記事

暑い!9の日宣伝

2006年8月9日長崎原爆投下61年目の日AM11:00~12:00
憲法9条を守るわかやま県民の会の定例「9の日」宣伝行動に参加、県民の会の皆さんとともにビラ配りと署名行動、暑い~!医療生協から生協病院宮下事務次長が、マイク宣伝に立ちました。暑い中ですが、ビラを受け取り、署名に立ち止まってくれる方も。
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# by tk-waseikyo | 2006-08-09 13:05 | 9の日宣伝

九条変えたら苦情がいっぱい

医療生協ビデオマガジンVol26時事落語「九条変えたら苦情がいっぱい」
医療生協は6~7月「班会・班づくり月間」にとりくんでいます。
医療生協ビデオマガジンVol26時事落語「九条変えたら苦情がいっぱい」が届いています。
22分のビデオです。広島中央保健生協組織部の職員・安徳剛(安産亭徳丸)氏が演じる憲法9条落語です。班会班づくり月間の期間中にかかわらず、班会はじめいろいろな集会でみんなで観ましょう!
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# by tk-waseikyo | 2006-06-28 13:05 | アイ・ラブ 平和憲法! 

5/13輝け!憲法9条 平和のつどい 大成功!

澤地久枝さん和歌山での講演 (講演内容概要のURLなど)

 「輝け! 憲法9条 平和のつどい」が2006年5月13日午後、和歌山県民文化会館大ホールにおいて、九条関係46団体の共同で開催され、あいにくの雨にもかかわらず県下各地から2,500人が参加して、定員2,000人のホールの通路やロビーにあふれる超満員となりました。「九条の会」呼びかけ人・作家の澤地久枝さんが「憲法九条は未来への人と人との絆」と題して講演し、深い感銘を与えました。  講演に先立って協賛企画の合唱構成「ぞうれっしゃがやってきた」でオープン、平和が大切と雰囲気をもりあげました。閉会には共催46団体の代表が澤地さんと壇上に並んで手を振り「9条を守ろう」と誓い合いました。
 「つどい」の様子は次のURLで見られます(一つ選択するだけで、相互にサイト内リンク)。

[写真と記事]  http://home.384.jp/kashi/9jowaka/513honban/honban.htm
[講演内容概要] http://home.384.jp/kashi/9jowaka/513honban/gaiyou.htm
[つどい新聞・14] 
http://home.384.jp/kashi/9jowaka/shinbun1/shinbun14.htm
# by tk-waseikyo | 2006-05-29 10:04 | 5/13平和のつどい 澤地久枝さん

和歌山中央医療生協・九条の会ニュースN0.6        2006.5/11

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# by tk-waseikyo | 2006-05-11 13:45 | 九条の会ニュース

和歌山中央医療生協・九条の会ニュースN0.5        2006.5/9

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# by tk-waseikyo | 2006-05-10 10:08 | 九条の会ニュース

和歌山中央医療生協・九条の会ニュースN0.4        2006.5/2

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# by tk-waseikyo | 2006-05-02 18:47 | 九条の会ニュース

「九条の会・わかやま」にリンクしてます

「九条の会・わかやま」http://home.384.jp/kashi/9jowaka/9jonokai-waka.htm
# by tk-waseikyo | 2006-05-01 15:58 | 和歌山中央医療生協・九条の会

和歌山中央医療生協・九条の会ニュースN0.3        2006.4/25

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# by tk-waseikyo | 2006-04-25 13:53 | 九条の会ニュース