憲法改正国民投票法案を考える学習会          金原徹雄弁護士

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4月20日(木) 17:30~18:30 憲法九条に反対する和歌山弁護士の会の事務局長・金原徹雄弁護士を講師に和歌山中央医療生協の医師を中心にした学習会が和歌山生協病院で行われました。


 ①憲法改正国民投票の意義
 ②国民投票法に関する動き
 ③法案制定をねらう与党の思惑
 ④議連案、与党実務者法案骨子の危険性
 ⑤この国民投票法案を通させないために!のレジュメに基づき、
 特に
 1.自民・公明・民主3党での憲法改正案の1本化作業のための地ならし作業として、国民投 票法を先行して3党でまとめたい。
 2.国民に対し、「もう憲法改正のための法律ができた。流れは決まった!」というあきらめの気持ちにさせ、改憲反対気運に水をさす。
 3.今の国民の世論の状況では、9条改憲はきびしい。国民投票での「承認」のためのハード ルを低くして突破しやすくしておく必要がある。
 4.国会の発議後、憲法改正の真のねらいと国民の利益との矛盾が暴露されない間に投票させてしまう。そのための投票システムと投票運動の規制を作っておく必要がある。
という思惑や法案骨子の危険性について細かく説明され、憲法改悪反対のたたかいと一体となって、法案の危険性を広く知らせることやマスコミや政党への働きかけをお話しされました。
 
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# by tk-waseikyo | 2006-04-21 17:21 | 学習会

9peace(s)バッジ

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  2005年11月11日世界平和デーに発足しました和歌山民医連・平和サークル9peace(s)は、オリジナル9peace(s)缶バッジを販売しています。好評につき現在生産間に合わずお届けが遅くなっています。泉南方面まで原料買い占め中!
# by tk-waseikyo | 2006-04-20 11:19 | 9peace(s)

和歌山中央医療生協・九条の会ニュースN0.2        2006.4/18

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# by tk-waseikyo | 2006-04-19 12:13 | 九条の会ニュース

5/13輝け!憲法九条 平和のつどい            澤地久枝さんはこんな人

毎日新聞 2005年12月27日 東京夕刊 特集WORLD から

■人物略歴 ◇さわち・ひさえ 1930年東京生まれ。49年に中央公論社入社。63年、「婦人公論」編集次長を最後に退社。著書に「妻たちの二・二六事件」「火はわが胸中にあり」など。86年、「滄海(うみ)よ眠れ」「記録 ミッドウェー海戦」で菊池寛賞受賞。

貫く~澤地久枝さん 「昭和の原点 人なければ国はない」 

 土曜日の昼下がり。東京・恵比寿の自宅に訪ねたノンフィクション作家、澤地久枝さん(75)は藍色(あいいろ)のかすりの着物に白地の帯をきちっと締め、優しいまなざしで出迎えてくれた。

●大きく試された 「私が75年生きてきた時間、親たちから聞いたり、小さい時の体験を含めてこの75年を振り返ってみて、政治がこんなにひどかったことはかつてない、というのが今年の実感です」。通された居間で語り始めた澤地さんの目は、一転して鋭い光をたたえている。 「総選挙の結果にあきれ果てたんです。この国は滅びるな、と思ったし、自分は何をしているのかという気持ちにもなりましたが、そこから気持ちを立て直しました。これで終わりじゃなく始まったんだという気持ちに、自分をきちっと置き直せたという意味で、大きく試された年だったと思う」 日本が戦争をした時代の「昭和」を見つめ、名もなき人の声を丹念に拾い、一貫して戦争を、国家を問うてきた作家である。私は尋ねた。「戦前よりひどいですか」 「もちろん。今は憲法があって、主権は選挙民の側にあり、私たちに自由選択の余地がある。そういう中での、この政治状況です。民主主義が根付くには一人一人が人権意識を持ち、自分の考えで政治判断をしなければならないのに、個の確立も弱かったわね」 答えは明快だった。確かに、有権者として、投票前に考えるべきことは山積していた。憲法、自衛隊、福祉、年金……。郵政民営化法案の参院での否決を理由にした衆院解散への疑問もあった。しかし、解散・総選挙は強行され、小泉純一郎首相自身も「予想以上」という空前の勝利を収めた。 「大事なタイミングだったんですよ。どこかで小泉さんに『あなたの政治の方向に賛成できません』と言わなければ、暴走するのは分かっていたのに。マスコミ、特にテレビが果たした役割はとっても悪かったと思うんです。大声で乱暴なことを言う人が勝ちで、その人が言っていることが真理になったのよ。政治の根本が狂う時は、あらゆるものが劣化して腐っていく。怒るべき時は怒るべき、正すべき時は正すべきです。でも、みんなノーマルな反応をしない。そこまで追い込まれたのかと思うと悔しいし、複雑です。今年はできることをやったつもりだけど、この暮れにすがすがしく自分はいい答えを手にしたとは言えないわ……それは残念です……」 やりきれなさのこもる深いため息が、その場を満たした。

●焼き付けられたもの 鋭いまなざしとやりきれない思い。「あの時」もそうだったのだろうか。澤地さんが「昭和」を書き続ける原点となった、14歳での敗戦体験である。4歳の時に家族と渡った旧満州(中国東北部)・吉林での敗戦。その目に何が映ったのだろう。「このごろ『国がなければ、人の生活はない』という政治家がいますね。私が敗戦を迎えた時、国なんて一夜でなくなったわよ。人がいなくなったら国なんてない、見事にさっと消えたのよ。指揮官はいち早く南下し、在満邦人は見捨てられました。置き去りにされた兵隊さんは、手もなく捕虜になったわ。一個人、一家族で生きていかなきゃならないわけですよ。何も保護してくれない。国や軍隊がどんなに無責任か。そのことが私の原点です」 難民生活は1年に及んだ。澤地さん一家5人には、兵舎の残がいの一角があてがわれた。大病をした後だった両親に代わり、小さな体にてんびん棒を担いで水をくみに行っていた澤地さんの背中は全体がはれ上がった。冬には毎日、窓から「白い枯れ木のようなもの」を積んだそりが裏山に向かうのが見えた。やがて「枯れ木」が人の死体であることに気づいた。 「私にとって実にいい学校でした。中国人も朝鮮の人たちも人情があって助けられましたよ。ロシア人が全部悪かったわけでもない。でも、母国・日本は何もしてくれなかった。難民生活で早くも自分に絶望していたと思いますね」 多感な少女の目と心に焼きついたものが、やがて一本の道になる。

●棄民ばかり 日本に引き揚げて中央公論社に入り、働きながら早稲田大第二文学部で学んだ。 「言論に携わりたい気持ちがあった。戦時中の私は何も知らず、言われた通りに戦争を正しいと信じていました。見たこともないアメリカ人やイギリス人を憎んだことを、とても恥ずかしいという気持ちを持って生きてきたんです」 翌50年、朝鮮戦争が始まった。山手線の線路に近い恵比寿の自宅で、軍需物資を運ぶ列車の音を聞きながら、「この国が戦争に加担している」と実感したという。 編集者として、ジャーナリストとして時代を切り取ろうと働いたが、持病の心臓病の再発をきっかけに退社。五味川純平さんの小説「戦争と人間」の執筆を手伝う資料助手になったのが63年のこと。 「この時から、本格的に昭和の勉強をしました。そのうち、この国の政治はなんて『棄民(きみん)』ばかりしてきたのかと腹が立ってきた。気がつくと、忘れられた人のことばかり書いていました。偉い人はどうでもよかった。『妻たちの二・二六事件』も、大きな事柄に巻き込まれながら黙っている人のことを書こうと思った。何千という概数で組み込まれ、忘れられていく人のことです」 棄(す)てられた多くの民は、戦争でのつらい体験を持っていた。そんな人たちと同じ目の高さで寄り添い、長らく封印されてきた話に耳を傾け、それをつづってきた。 「それぞれの家族に戦争でのつらい話があるのに、いつまで昔の話をしてるんだ、と言われるかもしれないと遠慮していたのね。でも、語り継ぐべきです」 

 ●曲がってしまった その澤地さんが「一番ひどい」とおっしゃる今。 「あー右へ振れる、右へ振れると感じていたわ、ずっと。時代が変わる瞬間ははっきりしなくて、気がついたら温度がちょっと違うなと感じるものなのね。60年安保が腰砕けになって、日本の戦後の方向が決まりました。それから経済が発展し、カネが万能になって国民性までおかしくなりました」 そのバブルがはじけ、不景気は長く続いた。 「長い不景気で露骨に曲がり始めましたね。アメリカは日本をくみしやすいと思ったし、日本の政治家、官僚、財界人はアメリカにくっついて軍需景気があるのがいいと思ったのよ。潜在失業率がひどくても、世の中が悪いと怒るんじゃなく、戦争でもやろうかという動きに惹(ひ)かれている。戦争をしないと世界経済は動かないと思う人が増えたあたりで日本の大きな曲がり角へ来て、今年は曲がってしまったんじゃないでしょうか」 曲がり角を曲がったこの国。私たちはどうしたらいいのだろう。 「おかしいと思っている半分以上の人たちと気持ちを通わせ、人のつながりを強化することです。人の心が重なれば、見えない砦(とりで)ができる。それ以外に、こんな悪政の大洪水には対抗できません」 一貫して戦争を問い、国家を問うてきた澤地さんは、憲法9条を柱に改憲の動きに反対する市民グループ「九条の会」の呼びかけ人の一人。昨年6月の結成後、活動は各地に広がっている。 「みんな戦争は良くないって言いますよ。でもやめない。戦争は最も地球環境を汚染する。いろんなことを考えて交戦権を捨て、武器を持たないと決めた日本の憲法は時代の先取りもいいところ。お見事です。あの時、戦争は二度とやりたくないと思った気持ちに、あれ以上ぴったりの憲法はなかった。その扇の要が9条。人権、思想の自由もそのほかも9条がなくなったらバラバラになる。だから九条の会なんです。私たちは世界に誇ることをしているんだから悲壮になったりせず、にこやかにやっていくの。顔引きつらせ、髪振り乱す時代ではないから」 14歳の体験から始まったその人生はジグザグ、らせん状、時には立ち止まりながら、気づくと一本の道になっていたという。「自分の心が望まないことはやりたくない、何か少しでも世の中に役に立つ人間でありたいと、気がついたら今の私がありましたね」。今、自分の考えと同じ考えを持つ人が自信を取り戻すことに希望を託したいという。 「より良くなると思わなきゃ、生きられないんじゃないかしらね」 無から立ち上がった人の強さがそこに見えた。【本橋由紀】

(随時、和歌山中央医療生協・九条の会ニュースNO.2~にも引用させていただきます。)
# by tk-waseikyo | 2006-04-18 19:13 | 5/13平和のつどい 澤地久枝さん

和歌山中央医療生協・九条の会ニュースN0.1         2006.4/13

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# by tk-waseikyo | 2006-04-13 17:21 | 九条の会ニュース

輝け!憲法9条 平和のつどい

5月13日(土)午後2時県民文化会館
 澤地久枝さん  いま、九条への思いを熱く語る
              ―未来への人と人の絆―
 
 医療生協九条の会も共催して、輝け!憲法九条 平和のつどいが開催されます。医療生協・民医連・民医労から300名参加目標でとりくみます。東エリア150、診療所4エリアと海南・本部各30で300の参加協力券を普及しましょう。結成賛同人が350人いるからその人に買ってもらえば普及は十分可能。各事業所半数以上の職員に参加してもらう目標ととりくみを、そのための学習活動・参加者組織気運をつくりましょう。
 各地区事務局長・事業所事務長の手から、一日も早く多くの人に協力券を持ってもらうことが参加者組織運動の成功への鍵です。四月十八日の集約日から参加確認数・券の売れた枚数・何人の人に持ってもらったかも集約します。参加者集約はつどい事務局の集約日(毎週火曜・四月十八日~五月八日からは毎日集約)に行います。参加協力券は一枚五百円、三五○人の賛同者はもちろんのこと、あらゆるつながりの人にすぐに広げましょう。、病院から路線バスを出し、診療所エリアは地域の団体の計画もあると考えられるので共同で考えます。
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# by tk-waseikyo | 2006-04-13 14:03 | 5/13平和のつどい 澤地久枝さん

アイ・ラブ 平和憲法

〔1〕南地区明和支部9条の会  関口 義英さん(「健康とくらし」誌2005年5月号掲載)
 
3月11日、明和支部役員会で「憲法ビデオ」を視て、憲法について意見を出し合い、いくつかの事項を確認した。
 ①憲法というのは国民から政府への注文書であり、あくまで『私たち国民が主人公だ』という認識に立つことが大事だ。
 ②「主権は国民にある」のに、医療にお金がかかるように改悪されてきている。大企業や年収2億円以上という大会社の役員たちは減税になり、今年から来年、再来年にかけて私たち国民は大増税となる。
 ③戦争は最大の人権侵害であり、どんなことがあっても戦争をさせないことが人権の保障となる。アメリカが起こす戦争に日本が巻き込まれても、人権が侵害され差別が新たに生じる。
 ④生きることを根っこで支えるのが憲法25条(生存権)であり、24条は両性の本質的平等を定めている。憲法には懐の深い基本的人権の条項がいくつかあることを学習した。
 ⑤憲法は空気のようなもので、何かが起こらないと私たち日本人は気がつかない。国際社会では、日本国憲法の戦争放棄と主権在民の条項が特別に評価されている。60年経ってもますます光り輝いている。もっと自信を持とう。
 ⑥当面、支部で、9条アピール署名150をやり遂げ、目標300を早期に達成しようと申し合わせた。
 政府が考えている医療の改悪と増税路線は、我々の生活を苦しくし、逆に軍備が増大し、アメリカが起こす戦争に巻き込まれる道につながることだ、と自分の言葉で訴えられるように学習しよう、と意思統一した。


〔2〕海南・海草支部  角谷 義久さん(「健康とくらし」誌2005年7月号掲載)
 
1945年8月15日、日本の侵略戦争が敗戦という形で終わった時、私は旧制中学の1年生でした。天皇陛下の名の下に、軍国主義教育をたたきこまれ、死ぬことが当たり前のことと思っていた私が、夜町々に灯りがともり、初めてやっと人間らしい生活ができると実感したものでした。
 住民は焼かれ、焼け野原、食糧不足。買出し部隊が村にあふれたが、ささやかな平和が戻ってきたかと安堵の胸をなでおろしました。親は、生活の苦しさを嘆き、日本の将来に一抹の不安を抱きながらも生活の建て直しに汗を流しました。
 憲法が改悪されれば、アメリカと一緒になって世界侵略に手を貸す自衛隊がまかり通ります。断じて許すことはできません。
 海南・海草地方にも5月21日、75名の参加で「9条の会」が発足しました。「9条の会」アピール賛同者は600人になったとの報告。呼びかけ人、運営委員、事務局を幅広く選出し、賛同者をもっと広めようと申し合わせました。
 今年の2月19日、19番目の支部として設立された医療生協海南・海草支部でも「平和でなければ健康は守れない」を合言葉に、9条の会への参加と、組合員へ呼びかけるとりくみを強めようと運動しています。


〔3〕河西地区くすみ支部  萩田 信吾さん(「健康とくらし」誌2005年9月号掲載)

 「守ろう9条、紀の川市民の会」は、和歌山市の紀の川北岸地域に住む、憲法9条を守りたいという願いを持った市民の集まりです。
 “一人ひとりが自分の思いやできることを持ち寄ろう”をモットーに、今年1月24日に結成されました。
 3月20日河北コミュニティセンターで、230人の方が集い「憲法フェスタ」を開催しました。講演、ギターの弾き語り、青年たちの群読、女性中心の「アイ・ラブ9条合唱団」のコーラス、そして子ども向けのマジックや南京玉すだれ、楽しいお話、紙芝居などなど。
 絵手紙をはじめ、展示で参加してくださった方もたくさんいました。設営、出演、案内や後片づけまでの運営に実に134人が関わってくれ、たくさんの力が一つになった手づくりの集いでした。
 今、有功・直川・楠見・河北・紀伊など、それぞれの地域単位の活動が取り組まれています。ビデオを見たり語り合ったりする集いや、署名と入会をよびかけ1軒1軒訪ねて回る地域行動などです。
 会員は、580人を超えています。この秋、10月15日(土)に、第2回憲法フェスタを開催しようといま準備中です。
 憲法9条を守ろうという声を地域に大きく広げていきたいです。


〔4〕東地区河北支部 松本 尚三さん(「健康とくらし」2006年5月号掲載)

 一昨年11月27日、紀の川北岸の住民で「守ろう9条・紀の川市民の会」を結成し、1年半近くのとりくみを進めてきました。その間、私たちの地域では「守ろう9条有功・直川の会」として活動をしています。2回の憲法フェスタを開催し、「つどいの家千手川」を中心とするアイ・ラブ九条合唱団など楽しい催しもおこないました。
 署名を集めるため地域に入ると、いろいろな意見もありますが、「戦争はしない、9条を守ろう」という1点で署名活動を進めています。県下各地のとりくみを交流しようと、昨年夏、有田と日高の「9条の会」の人々に来てもらって体験交流の会をしました。
 『戦争するための憲法改悪に反対します』と書いた小さなステッカーを1万枚作成して、賛同してくれた人の玄関先や自転車、単車のサドルに貼り付ける取り組みを始めています。しかし、従来型の知人、友人、つながりの範囲での署名活動では住民の過半数にはなかなか手が届きません。
 そこで、この春より、まず宣伝行動を重視、行動を先行させようと計画しています。のぼりやプラカードを立て、ゼッケンをつけ、マイク宣伝で情勢を訴え、チラシを撒いて…と目と耳から動きを伝えることです。
 署名は有権者の過半数(高校生も含む)を集める、事務局体制など任務分担を決めるなど、今まで経験したことのないような運動の展開で地域を揺り動かす活動をしようととりくみをしています。
# by tk-waseikyo | 2006-04-12 09:39 | アイ・ラブ 平和憲法! 

和歌山中央医療生協・九条の会結成総会            「憲法九条を守るアピール」

憲法九条を守るアピール

医療生協のすべての組合員・職員のみなさん
県民・市民のみなさん

私たちは、平和があってこそ健康と命が守られるという立場に立ち、思想信条や立場の違いを乗り越え、憲法を守り、生かすという一点で運動をすすめていこうと、本日「和歌山中央医療生協・九条の会」(略称「医療生協・九条の会」)を結成しました。

「医療生協・九条の会」は、大江健三郎さんはじめ著名な九人の方がよびかけた「九条の会」アピールに賛同し、憲法を守り、生かすとりくみを医療生協組合員と職員のなかに、さらには県民・市民ひとりひとりのなかに広げることが活動の目的です。

憲法第九条は、日本国民の宝です。ところが、いま、憲法九条を変えて、日本が「戦争ができる国」「戦争をする国」にしようとする動きが強まっています。とりわけ九条二項の「国の交戦権は、これを認めない」を削除し、「自衛軍(隊)を持つ」と書き込めば、憲法で軍隊と位置づけたのだから、「自衛権」だけでなく、アメリカと一緒に海外で武力行使ができる「集団自衛権」も認められることになるとして、何としてもこの九条二項を変えようとしています。
 
  「戦争はごめんだ」「戦争はこりごり」「戦争をする国になるのはいや」このように思う
人はみんなで手を取り合い憲法九条を守り、生かすとりくみを行いましょう。
 

 二〇〇六年一月二十八日
               和歌山中央医療生協・九条の会結成総会
# by tk-waseikyo | 2006-01-28 18:00 | 和歌山中央医療生協・九条の会

和歌山中央医療生協・九条の会について

 「平和・くらし・健康」を願う医療生協は、憲法九条・平和を守る運動を重点課題の一つに位置付けとりくみをすすめています。
 この間、とりくんできたのは、一つは憲法学習です。一昨年の全職員規模での憲法学習に続き、昨年は、日本生協連医療部会の通信教育に新設された「憲法と医療生協コース」の受講をよびかけ、一二八名(組合員九〇名、職員二十八名)が受講しています。
 昨年一月に、大江健三郎さんはじめ著名な九人の方がたちあげた「九条の会」のよびかけに応え、組合員と地域に密着して憲法学習と「九条の会」アピール賛同署名を広げるため、各支部で「九条の会」をたちあげようとの方針を提案し、いくつかの支部で支部「九条の会」が結成されてきました。
 このほど、通信教育受講学習のなかで、自分たちの地域にも「九条の会」をつくろうとの気運が生まれてきたなか、当初の支部を単位とした「九条の会」を促進するためにも、「和歌山中央医療生協・九条の会」(略称・「医療生協・九条の会」)を結成しました。
一月二十八日の結成総会は、十一人のよびかけ人と三五〇人の賛同発起人により、一一五名の参加で開催。「九条の会・わかやま」よびかけ人のお一人月山桂弁護士の挨拶、基調提案、組合員・職員による戦争やわかやま空襲の体験、医療改悪、沖縄辺野古支援参加、職員の平和サークルの活動など、憲法九条に関わってのリレートークが行われました。会は、「九条の会」アピール賛同署名をすべての医療生協組合員・職員、県・市民のなかに広げるために活動します。
# by tk-waseikyo | 2006-01-28 18:00 | 和歌山中央医療生協・九条の会

和歌山中央医療生協とは?

和歌山民医連ホームページ
http://www2.odn.ne.jp/wakayamamin-iren/をご覧下さい。和歌山生協病院のページのビデオサイト「医療生協の紹介」をみて頂ければと思います。
# by tk-waseikyo | 2006-01-28 17:30 | 和歌山中央医療生協・九条の会